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考えなくても瞬間的な運さえあれば

「爆裂的に儲かるから」という理由もありますが、投資資金に対する見返りは競馬の比ではありません。(競馬では¥1000が50万100万は茶飯事)例外的なものを除けばパチンコは10万、スロットは20万程度が大当たりの限界値です。

投資金に対する見入りとして考えるとパチスロなんてのは実に戻りがよくないです。
しかし、他のギャンブルと大きく違う点が4つほどあります。
        
1、いつでもできる
2、どこでもできる
3、手軽にできる
4、考えなくてもできる

競馬をはじめ、他のギャンブルは「当てる」ためにそれなりの研究やら努力が必要ですが、パチスロは「機械のクジ箱」なので、考えなくても瞬間的な運さえあれば誰にでも「当てる」ことはできます。

パチ機本来の姿は娯楽機なので、暇つぶし程度に立ち寄って今晩の夕食が牛丼になるか寿司になるのか程度に愉しむものです。この程度ならば暮らしの潤滑油として有益な娯楽だと思います。

しかしここが問題であり、「いつでも」「どこでも」「手軽に」「考えなくても」、という行為で10万20万のカネが手に入ったら、そりゃぁ誰だって癖になります。この状態でクセにならないなんてのは、高額納税者並に裕福としか考えられません。

現金を賭ける娯楽そのものを否定はしませんし、僕も好きなほうです。
しかし少なくとも、「儲ける」つもりでやる行為を娯楽とはいいません。

「当たりハズレ」を愉しむものは娯楽ですが、「勝ち負け」にこだわるものは勝負事であって娯楽とは違います。

努力せず気軽に得ようし、適度に当たるので儲かった気分になる・・・・
パチスロに限らず依存性のある物事に共通する内容です。   

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幼児化する日本の一部

以上のように考えると、日本人の2千万人がパチンカーで、毎年27兆円をパチンコに費やしているという事態は、笑い話ではない。大人の洗練が必要とされる遊技でも芸術でもなく、幼児の行動を再現させる賭博こそが日本人の主要な関心事となっているのだ。

パチンコによって日本人の人格が劣化し、これからも日本人は幼児化していくと危惧するのも決して大げさな話ではない。

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復帰の困難

ひとたびパチンコに依存してしまうと、パチンコとは正反対の行動形式である大人の世界が、本人にとっては非常に辛いものとなる。まるで大人の世界に迷い込んだ幼児のように、傷つきやすく自信を失っている状態にある。

その結果、ますますパチンコの幼児的な行動形式にすがりつくようになり、自分の中に幼児的人格を強めてしまうのだ。このように、大人としての行動形式がとれなくなっている点は、パチンコ生活からなかなか脱却できない大きな理由となる。

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幼児的人格

現実にたいする思考・行動形式がそのように幼児的になれば、当然その人のパーソナリティも幼児的になっていくはずだ。

端的にいって、自分の思い通りにいくはずだとするナルシシズム、現実と妄想を区別できない思考力、自己の攻撃性を抑えることができない衝動性などであろう。

パチンカーはそのような幼児的な人格を自ら再現しているのである。周りの大人からみれば非常に奇異に映り、ときには卑しい人格だと思われることになる。また、本人は継続的な努力ができなくなったり、働く意欲をなくしたりするのも当然のことと理解できよう。

さらに、パチンカーによる各種の犯罪が後を絶たないが、本人が幼児性を再現しているのだと考えると、その人が殺人を犯そうが、盗みを行おうが、自らの子供を放置して死なせようが、それらはたいして不思議ではない。

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幼児退行としてのギャンブル

では、過去のどの時点に戻っているといえるだろうか。パチンコの行動を詳細に検討すれば明白であろう。

どのギャンブルにも共通する点であるが、偶然に頼った報償がある。パチンコの大当たりはコンピューターで制御され、遊技者はいつ大当たりがくるのかわからない。ただ、台の前でハンドルを握って座り、当たってくれるのを待つ。

これは、自らの力で環境に作用して快楽を獲得する大人の行動形式と比べると、まったく正反対の行動だといえる。受動的な立場にたって、自分の現実的な努力とは無関係に当たりの快楽を得ようとする。この行動形式は幼児のものに違いない。

幼児は無力な存在なので、自らの力で快楽を得ることができない。母親の庇護を一方的に必要とする。つまり、周りの環境が一方的に自分に仕え、自分では何一つ努力することなく快楽を獲得することができる。

幼児期の行動形式に戻り、ただ受動的な快楽を得ることで充足したい心理。これこそが、人をパチンコ店に向かわせているのだろう。考えてみると、すがるようにパチンコ台に座り、当たりを求めて際限なく金をつぎこみ、当たりがくると満ち足りた表情をするパチンカーというのは、母親の乳房を求める幼児に驚くほど似ている。

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ギャンブル行為の持つ意味

こういった人格の劣化がなぜ起こるかについては、ギャンブル行為がもともと持っている意味を理解することが肝心である。

ギャンブルの快楽は現実を忘れさせてくれるので、現実逃避の手段としてギャンブルを行うのが一般的だ。現実逃避をなぜしなければならないかといえば、その人が現実の悩みやストレスを克服できないからだと考えられる。

現実の克服に失敗したとき、人は過去の行動形式に戻ることがある。退行と呼ばれるこの現象は、人間のあらゆる異常行動を理解するうえでヒントとなる。ギャンブル依存する者は、過去の思考・行動形式に戻ることで、現実から得ることができない充足を得ようとするのだ。

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賭博者の人格

ギャンブルに夢中になっている人をはたから見ると、自己中心的で貪欲な人に映ることがある。あたかもパチンコがその人の脳を占領して、あらゆる人間的な思慮と分別が失われてしまったかのようだ。

ギャンブル依存から回復すると、本人自身がかつての自分は信じられないほど卑しい品格だったと認めることが多い。

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