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パチンコ・スロットという挫折運動

パチンコのようなギャンブルはまさに無気力を身につける行為だといえる。パチンカーは座った台が当たってほしいと望んでいるが、たいていの場合、その期待は裏切られる。たまに勝つ日があっても、その金を使ってさらなる負けの日を増やすだけとなる。パチンコ屋に行ってハンドルを握って念じるというパチンカーの「努力」は、ことごとく無駄になるのである。

パチンコという産業が継続的に営業を続けていくには利益が出なければならない。胴元が儲かる構造になっているのは当然のことといえる。つまり、パチンカーというのは、負ける構造の中で当たり前のように負け続ける人々である。

しかも、そのときの結果を左右するのが運になるので、そこに費やしている時間とエネルギーにたいし、成果はまったく比例しない。仕事や学問であれば、10年ひとつのことに打ち込めば相当のレベルに到達するものだが、ギャンブルにおいては時間がまったく味方しない。パチンカーは、どれだけやっても負け続けるので、自分が理不尽な運命にあるという被害意識を持ちやすい。

当然ながら、運に翻弄されつつ挫折を重ねてしまえば、何かに努力することが馬鹿馬鹿しくなってしまう。パチンコという運頼みの受動的な行為に慣れきってしまい、しかも結果は挫折ばかりで自信を失う。このようにして、パチンカーは日々無気力を身につけていると考えられる。

しかも、これは無意識で進行する事態なので、自分が無気力になっていることを本人は通常気づかない。人間は自分の性格の変化に気づかないものだが、日々の経験というのはその人を静かに変えていくものである。騒音にさらされた子供がいつのまにか無気力な人間になるように、パチンカーも日々のパチンコ行為によって、無気力な人間になる。

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